本当の自分がわからない、と感じる人は沢山います。でも、そのニュアンスは様々。
まずは、内観の入り口として漠然とした「わからなさ」を言語化してみましょう。
あなたが感じている「わからなさ」はどんな感覚ですか?
「自分がわからない」を内観
「わからなさ」の例
- 「自分が思う自分」と「人から見られる自分像」が違って自信がなくなる。
- 何を感じてるのか自分でもわからなくなる。他人軸で生きているような、自分を見失っているような感覚になる。
- なんとなく思ってることはあるのに「そう思い込んでるだけかな?」と自分の感覚を信じ切れない など
「そうそう、こんな感覚のわからなさなの!」と把握することで「わからない感覚」だけだった状態から「わかる感覚」が少しずつ増えていきます。まずは今感じていることをキャッチする。慣れてくると無意識レベルの感情にもアクセスしやすくなります。
「本当の自分」に近づくヒント
本音と建前の建前部分が色濃いような感覚を覚えるときは、その建前部分に注目してみましょう。
建前の心の動き/例
- こう思った方がいい
- こう考えた方がいい
- こうしないとヤバイ
- こうすれば損しない など
具体例
- 起業する労力をはたくより、今の上司と仲良くなれる方法を見つけた方がいい
- 何が課題か自分を見つめ直すより、相手の非をわからせた方がいい
- 潜在意識を変えれないと、このままじゃ上手くいかない
- 「私は敵じゃない」とアピールした方が、あの人の不機嫌を回避できる
「建前で思っていることは〇〇」と輪郭がつくことで、条件に沿わせる前の心の声をくみ取りやすくなります。※建前がダメ、という意味ではありません。
本当の自分とは
いきなり「これが本当の自分だ!」と鋭く見抜くのはむずかしいものです。
心の中にある色んな気持ちに気づき、気づきの積み重ねによって「自分との繋がり感」を実感します。繋がりをしっかり感じて「これが本当の私だ」とわかるようになります。

「本当の自分」を神格化してる?
もしかすると、「本当の自分」のイメージを神格化している人もいるかもしれませんが、それは、いつも以上の力を発揮している瞬間や、枠を超えた創造性を指しているのかもしれません。でも、それは直感的、偶発的に生み出された結果であったり、条件が重なった産物であったりします。それも自分の一部ですが超人を探すような理想を抱くと自分探しのループに陥りやすいです。
本当の自分そのものは、この文章を読んでいる、ここにいるあなた。遠くのどこかに真実の自分がいるわけではありません。言葉や行動になる前の純粋さで「ただそう思うだけなの」というようななんてことない感覚。非言語な感覚・感情。なんてことないのに、心の奥がどっしりと安定します。

日頃から感情との付き合い方や、スルーしているモヤっとした心の動きに関心を持つと、わかりにくかった本当の自分を感じやすくなります。
自分を知る怖さがわく
普段は大人として理性的に過ごしている私たち。でも、内面には蓋して折り合いをつけた感情や、スルーしている心の傷が多かれ少なかれあるものですよね。内観すると、こうした未消化の感情に気づいて癒されたり、大人げない感情を受け止めるプロセスもあります。無自覚の自己否定に気づくこともあるでしょう。
「まだ気づいてない無自覚の感情」だなんて、一体何が出てくるんだろう…知ってメンタル落ちたらどうしよう…。そんな不安な気持ちがわくのも自然なことです。
だからこそ、内観は自分自身の関心が高まっているタイミングで行うことをお勧めします。
内観しやすいタイミング
こんな心境の時は、内観が進みやすいです。
- 自分の内面に関心がわく。見ないでいる方がしんどい。
- 心の傷と向き合って自分を苦しめる感情を癒し手放したい。
- 自分を見つめ直して、優しい気持ちに立ち返りたい。
- 心と向き合ってきたけど、うわべだけを見ていた気がする。もっと深く向き合って心の声を迎えに行きたい。
これらは、意識が既に内面に向いている状態とも言えます。
既に頭は何かに気づきかけているけれど、心が追い付かない。もしくは、心がなにかをわかりかけているけれど、頭の理解が追い付かない。
そんな時は、内観がおすすめです。




















