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心のカラマリを優しくほどく心理カウンセラー

設楽紀子(したらのりこ)

Profile

1982年12月生まれ

はこの20年、マンツーマンで多くの女性のお話を伺い、笑顔のお手伝いをする仕事をしてきました。

現在は心理セラピストとして活動していますが、長い間ネイルアーティストとして仕事をしており

お客様と接する中で、意識を向けていたのは、いつもお客様の個性や心の景色について。

 

どんな人も、輝く自分でありたい、自分らしく楽しみたいと願っています。

だけど人の心は揺れ動くもの。

生きづらさを感じていたり、自信を失ったり、自分を責めたり、疑ったりする気持ちも当然ありますよね。

それは、私自身が抱いているものでもありました。

 

人は、何に喜んで、何に悩むと思いますか?

 この疑問を紐解く前に、少し、私の活動経歴と当時の想いを綴らせていただきます。

 

 

夢に向かって、路上に座った19歳。

 

私は小学4年生の時、「大人になっても、今のような毎日なのかな」そう思ってゾッとしたことがありました。

テレビで見かけたOLさんが電卓を打つ姿。お昼休みにみんなでご飯を食べるシーン。学校が好きじゃなかった私には大嫌いな算数の授業と、気が重い班行動と重なって見えたのです。その恐怖心が妙に強烈で、職業選びに大きく影響しました。

 

ネイル活動の始まりは19歳。専門学校に入学し、当時まだネイルサロンが少なく、万が一ネイルの仕事に就けなかったら、と思うと恐怖でした。

ある日、路上に座り込み、通りすがりの人の話を聞きながら自分のネイルを買ってもらったり、突然無謀な飛び込み営業をしだしたり、今思うと非常識極まりないことばかりですが、自分の劣等感や不安が自分をアクティブに動かしていました。

ありがたいことに、作品を置いてくれるお店、場所を貸してくれた美容室、アルバイトをさせてくれたネイルサロン、イベント会場、お客様との出会いなど多くの機会に恵まれ

中でもネイルの恩師との出会いは大きな刺激、学びとなり、コンテストに出場していた時期もありました。

 

安心して素の自分に戻れる場所「TrueFace」を開業

コンテストは札幌、関東、関西と、いくつか出場し、ご指導のおかげで賞もいくつかいただきました。

最前線で活躍してる人達のスピード感、作品と向き合う濃密さ、その人たちのすさまじい才能と努力、コンテストを通して見えた景色は、変えようのない財産となりました。

一方私は、心身ともに(実力も)限界を感じ、一度全てをストップさせたい衝動にかられネイルをやめようと決意。

しばらく休息期間を経て、鬱状態から少し元気になってきた頃、開業したのがTrueFaceです。

どんな店にしたいだろう。それまで出会ったお客様は、打ち明け話も多く、いろんな想いを聞かせていただきました。

お客様は皆様、人生の先輩。「のりちゃん、若いのになんで、そんなにわかってくれるの?」とよく驚かれ、笑いながら涙する方もいました。

私自身も心の荷物を抱えて生きてきたから、お客様の心の景色に、ご本人にしかわかり得ない苦み(ニガミ)があることは実態感として知っていました。

言葉で言いようのない想いを、一人で抱え込んでいるなら横にそっと毛布を置きたかった。話してくれるなら、わかりたかった。純粋に、それだけでした。

抱え込んだ心の荷物を安心して下せる、素に戻れる場所として名付けた「TrueFace」。お陰様で、少しずつ、ご紹介だけで予約が埋まるサロンへと成長して行きました。

 

お客様との関わりを反省した日

ネイルの施術は美容室かネイルサロン、イベント会場でしか経験がなかったので、お客様とマンツーマンでお話しできるの環境は最高に幸せでした。

人目を気にせずに思いっきり吐き出してもらえる。一緒に泣いて、笑って、聞いて、話して、自信を取り戻したり、勇気が湧いてきたり想いを一緒に分かち合える濃厚な時間が大好きでした。けれど、そんな関わり方を深く反省する出来事がありました。

お客様が重い病気をされた時。状況は聞いていましたが、久々にご来店された姿は別人のように痩せられた姿。

会っていなかった間に、再入院になったこと、ご病気の状況、病院で私のブログを読んでくれていたこと、喜んでくれていたこと

「のりちゃん泣かせちゃうなーって思ったけど、言っちゃった。」

お客様は笑顔で、私は言葉が出ず、涙をこらえきれなかった自分を心底恥ずかしく思いました。体力も落ちていて、サロンの外でご家族が待っている状態でのご来店。

とても明るくやさしい方です。私の悲しむ姿を見てどんな気持ちにさせてしまっただろう。辛いのはお客様なのに。私が泣くなよ。強くなりたい。大丈夫になりたい。思い上がってた。間違ってた。

そう思って恥ずかしさと情けなさでいっぱいでした。

 

アーティストとの出会い。

痛みに寄り添える関わりを持ちたくてネイルを作ってた来ましたが、「私じゃだめだ。触れる資格ない。聞く資格ない。もう、あきらめなくちゃ。私はネイル屋さんなんだから。喜んでもらえるアートを作ろう。」そう気持ちを切り替えて前を向いていました。

当時までのアート制作は、自分の作るアートが古臭く感じ模索している数年間でもあったので、何か突破しなきゃダメだな・・・と、ブログで見たネイリストさんの個別レッスンを受たのです。

お会いして感動。自分の作品を心から愛してるのが伝わってくる。自分のアートをつけることがお客様を救ってる、というような使命感すら感じました。私もお客様への想いはあふれるほどあります。だからこそ、嬉しかった。

技術を習いに行ったのに、教わったのは心の在り方でした。

心の奥には、セラピストになりたい想いが募ってるけれど、その想いを果たすためのネイルを表現しよう。

彼女のおかげで、アートの技術を求めながらも技術に縛られていた自分にも気づき、解放され、アートを自分らしさを許して作れるようになりました。

一年後、再び彼女のブログを開いてみると、なんと画家に転身してたんです。いやぁ。さすがだな。自分を生きる姿勢に、またしても勇気と感動をもらいました。

 

価値観の変化とお客様への想い

気づけば、あっという間に10周年。(2020年で15周年を迎えました)

ブログにも書きましたが、10周年を迎えてからというもの、偶然の不思議体験をきっかけに、価値観ががらりと変化。人生の中で抱え込んでいたネガティブな想いが、猛スピードで剥がれ落ち始めました。

価値観や選択を問い直すような日々。葛藤しながらも心のフィット感を追求し、安心感と自由度が格段にアップする人生に変わったんです。

安心感とか、自分を信じるって感覚がよくわからなかった私にとって、それを実感する喜びは驚きのレベル。

最初からわかっていなかったからこそ、そこに至る変化の境目を実感して感動していました。それまで、目標達成や夢を叶えることなどで自信をつけようとしたけど

そういうことではないと、、、あぁ。ほんっっとに痛感。。

あんなに生きづらかったのに、(今も人並みに悩みますが)

人間て、大丈夫だ。と初めて心が実感したんです。

自分自身の変化は、お客様への想いも大きく変えました。

カウンセラーやセラピストが答えを与えられるわけじゃない。助けられるわけじゃない。

心の構造を感覚的に実感すると立派な知識がなくても驚くほどカラマリがほどけます。そして、本当の解決はカラマリをほどくことじゃなかったんです。ほどくだけじゃ、また、からまるの。

 

悩みの根本解決は、悩みの必要性を心が実感し、納得することです。一般的に、それを「気づき」といいますが

気づきって、いつ起きるかわからないし、誰かに与えられるようなものではありません。

でも、気づきを促す問いを立てることはできるんです。責めずに、追い込まずに、軽やかに。みんな、自分で気づくことを求めています。本来の自分を思い出す力を持ってるいるのは、あたり前のこと。

 

お客様と一緒に泣いていたころの私は、悲しいときに、私も一緒に悲しかった。でも、大丈夫だとわかったから、大丈夫、と言える。

セラピストになりたい。

心から素直にそう思えた瞬間でした。この変化移行、悩みを聞いても涙が出なくなりました。心がギュっとしても、妙にどっしりしてるんですよね。不思議と。

 

「紀子さん、なんでそんなに私のことわかってくれるの?」「紀子さんには話せる」

ある時言われた言葉です。そんなふうに言ってもらえてありがたいなぁ。あれ??この言葉・・・。

振り返ると、いつもお客様にいただいていた言葉でした。「のりちゃんはわかってくれる」「のりちゃんには言いたいことが伝わる」「のりちゃんは聞いてくれるから」・・・。自分が受け取ってなかったと気付きました。

あの日、ご病気の報告をしてくれたお客様。

「のりちゃん泣いちゃうなーって思ったけど、言っちゃった」っていう笑顔。

私は、ありがとうって、受け取ってよかったんだね。ありがとうなんて、思っちゃいけないって思った。ちっとも嬉しい話じゃなかったから。

骨が砕けるように悲しかったから。それを他人の私が悲しんで、泣いて、ごめんなさいって思ったから。でも、話してくれたお客様への私の気持ちは、ありがとう以外になかったんだもん。

 

人は、何に喜んで、何に悩むと思いますか?

 人は、本来の自分に気づき、わかってなかったと、わかったとき、自然と深い喜び、力を取り戻します。あぁ、これが私だ。という温かなフィット感。自然体で、謙虚さと感謝がわくありのままの自分です。その反対で本来の自分からズレると悩みが生まれます。

私たちはつい、その不快感や違和感を埋めようとして「不快な私」は放置したまま快を与えてくれる何かを、

私の外に探しに出かけてますよね。それは、本能だから、恥じることでもないし、そういうもんだから仕方のないことなんでしょう。けれど私たちが本当に欲しがっている快は「不快な私」の奥にしかいません。

不快感に耐えなくても、嫌な気持ちにならなくても、そんな自分を自分の力で優しく見れる力を気づかないほど当たり前に持っています。

私がやることは、既にできてるけど気づいてない感触を今の、それだよ、もう一回やってみて、と実感して自分の力に納得していただくことです。その時間は温かくて楽しい、心の旅。

最後に。

自分の中のどんな自分も否定しないこと。自分のネガティブな気持ちと、責めずに向き合えるようになろう。

共鳴される方は、ぜひ、ご自身に柔らかな目線を向けて、魂とのフィット感を感じる日々をお過ごしください☆

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。

 

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