この記事は、「大したこと無い自分」というテーマで、内観セラピストの視点からそのメリットとデメリットについて書いています。
ちゃんとしなきゃダメだ。という感覚
私は、自己否定感が強かった頃、「ちゃんとしてなきゃダメだ」という理想像を自分に課していました。
その当時は、そう思っていることに無自覚で、高い理想を掲げているつもりはないんです。でも
「私の発言、空気読めてなかったらかもしれない…。嫌な気分にさせてたらどうしよう…。」
「喜んでくれたけど、気を遣ってくれてるだけかもしれない。私はちゃんと出来てたかな…。」
仕事でもプライベートでも、常に何かしら不安で、心の中に見張り番がいるような感覚でした。
そんなもんじゃん。に変化した
そんな私ですが、内観して自己否定に気づき、心が癒されて、自己受容が出来るようになりました。すると、自然と「そんなもんじゃん」と思える自分に変わっていたのです。
「嫌な気分にさせてしまう時も、そうでない時もある。完璧ではない。そんなもんじゃん。」
「ちゃんと出来てる時も、そうでない時もある。不完全さを受け入れよう。そんなもんじゃん。」
この変化は、「こうしよう」と意識的に決めたわけではなく、気づいたらそうなっていたという感覚です。
大したこと無い自分でイイ。という感覚がうまれた
心の余裕ができると、自分の未熟さに対しても「完璧人間なわけないよね」とラフにとらえ、「大したこと無い自分でOK」「私なり、を楽しみたい」と穏やかでいられる感覚が増えました。
これは、自分を卑下、悲観、非を正当化するのではなく、気楽で受容的、自然体で謙虚な感覚です。
クライアントさんの変化
今出会っているクライアントさん方も、内観していく中で、「無自覚の自己否定感」が根付いていること気づく方が多いです。
中には私と同じように、理想を課している場合もあって、「自分に優しくなれていなかった」と感じる方も多いです。
そして、やっぱり「大したこと無い自分でいい」という感覚を楽しむようになるんですね。その上で、自分の強みや才能を発揮されています。
メリット・デメリット
前述のとおり、自己理解や癒しが深まることによって「大したこと無い自分」と思える心の平和がうまれます。
一方で、「大したこと無い自分」という言葉を別の切り口でみると「自分に対して〝大したことない“というネガティブなラベルを張っている」という解釈で語られることもあります。
この角度から見ると、「否定的な自己認識で、自分の可能性を狭める可能性がある」と話の方向性が変わります。
このように、同じ「大したこと無い自分」という言葉でも、切り口によって「自己受容って大切だね、という話」「自己否定はしない方がイイよね、という話」という別視点になります。どちらも、根っこは同じ。どちらの角度も大切にしたいものです。