考え過ぎる自分でいい。「考え過ぎるな」といわれて辛くなる内向的な人へ。

普通にしているだけなのに、

  • 楽観的に考えたほうがいい
  • 無駄なことばかり考えてる
  • 考え過ぎだ 

こうした指摘を受けて苦しくなってしまう人へ

 

考え過ぎる自分でいい

内向的な人や感受性が強く感覚過敏がある人は、答えのないことを考え続けることがあります。私のサロンでは、「心」について関心が強くスピリチュアルに興味があるクライアントさんも少なくありません。そんななかで、度々お見受けするのが

「思考はダメ、思考は偽物、右脳派が正しい、思考はエゴまみれ、考えると自分と繋がれない」という解釈で考え事をする状態を丸ごと全部だめなことと思い込んでるケース。

その解釈が極端なために

  • 必要な思考力まで否定的に捉えてしまう
  • 思考なのか感性なのかヒラメキなのかわからなくなる
  • 自分軸が弱く、他人の助言通りに思い込もうとする
  • 思考力も感覚も鈍らせている

その結果、

  • 自分のスタンスを見失う
  • 不安材料が増え依存性が高まる
  • 常に漠然とビクビクしてる感覚
  • 自分で考える、判断、決定するのが怖い

こうした状態から抜け出しにくくなってしまうことがあります。もしかすると、この記事を読んでくれている人の中にも、身に覚えがある方がいるかもしれません。

「感覚に対して丁寧で素直になる」ことは大切なことです。しかし、人間は楽観的に慣れる瞬間もあれば、葛藤しながら大事なものに気づくときもある。それが自然だと思います。

迷ったり、葛藤したり考え過ぎてしまうほど一生懸命に何かを想ったり心うなずく答えを見出だしたくなる真摯で素敵な姿勢を、否定する必要はありません。

 

考え過ぎる自分でいい理由

内観のサポートをしていると、他人に「考え過ぎてる人」と言われて自己否定を強めてきた方も、よく話を聞いてみると全部が無意味なグルグルじゃない場合があります。

生きた言葉たちが愛を形にしたがってサイン出してることもある。探求心によってその人しか気づけないような部分を発見して新しい何かを生み出すこともあります。これは

思考の中にキラッと光る才能の種が混ざりこんで気づきにくいものでもあります。しかし、クライアントさんご本人が自覚できると、スーッと思考が減り才能の部分だけが活かされやすくなります。

多くの人には共感されないとしても、考えたいことに思いをはせて葛藤しているなら、心がうなずくまで好きなだけ向き合えばいい。

内観をして独自性を把握すするほど、思考すること自体が問題なのではなく、自分を苦しめる反芻(はんすう)が問題なのだと理解し、違いがわかるようになります。

考えたくないことを反芻(はんすう)してグルグル思考に陥るときは、ストップが必要です。

 

「考え過ぎるな」といわれて辛くなる内向的な人へ。

 

内向的な人は、意識が内面に向かいやすいので、自分の世界観が濃い方が多いです。哲学的な発想が膨らむ人も多いでしょう。それは独自の才能であり、感性でもあります。

「もっと単純でなきゃダメ」「考え混むのは不健康」と、短絡的にぶったぎるような解釈だけじゃなく、紛れ込んでる温度感に気づいていいんですよ。

あなたの言葉の景色を、他人の言葉の景色にあわせて潰すのはもったいないよ

深く美しくあなたらしい内観ライフを。


 

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