内観する上で必須事項があります。これがないと内観が始まらない。一体なんだと思いますか?それは【温かい寄り添い姿勢】です。なんだ、そんなことか、と思われちゃうかもしれませんが、この記事では、内観における温かい寄り添いの姿勢について、少し掘り下げてお話していきます。
「温かく寄り添う」とは色んなニュアンスを含んでいて具体的な言葉にするとすれば
- 偏見をもたない
- 決めつけない
- 先回りしない
- 審査しない
- 正論を持ち込まない
- 責めない
- 批判しない
- 誘導しない
- 敬意を持つ
- 感謝する
- 丁寧である
- 共に在る
- 耳を傾ける
- 受け取る
- 受け入れる
- 理解する
- 許す
これらのニュアンスをまとめて【温かい寄り添い】という表現でお伝えすることが多いです。
このような温かい寄り添いを【自分のマイナスな側面】に対して向けてみてください。例えば
- 自分を苦しめる考え癖
- 消してしまいたい不調・不具合
- 良くないと思ってる考え方
- 治すべきだと思ってる態度
- 消えてほしい感情
理性的な大人であれば、自分の良くない部分に対して自らダメ出しをしたり、正論で批判し反省を促すことに慣れています。自分を律する姿勢は大切だけれど問題の根本にある「責め」に気づいて「許し」に至らぬまま、どれだけ形となった結果を責めて律しても、根本部分が本当の意味で変化するのって難しい。
私達の心は「責め」があるから苦しくなるし、体は「緊張」があるから固くなります。責め・緊張に気づかないまま内観しようとしても責めも緊張も和らぎません。反対に、自分の責めや緊張に気づき、やわらげて深い気づきにいたったり、あたたかい自己理解に繋がることで、本来の自分を取り戻したり変化が生まれます。
だからと言って、だめな自分を甘やかせるという意味ではないんですよ。内観は内省的な取り組みで、自分を律する精神なければそもそも内観しようとは思いませんよね。少なくとも私がお伝えしている内観は自分のプラス面だけを見て褒めてテンション上げるような取り組みではありません。
内観によって得られる気づきのタイミングや深度は人によって異なりますが、自分の見たくない部分、受け入れたくない部分とも対峙します。だからこそ大前提として「許し」「ゆるみ」が必須です。許しがある安心安全な意識状態だからこそ己と向き合えます。
内観て言葉は、漢字だし(笑)、なんか堅そうなイメージを持たれがちだけど(それも嫌いじゃないけど)内観を実践されているお客様には「内観て本当にやさしいよね」「内観がおもしろいっていう意味が分かった」と内観の温かさを実感していただいてます。
直そうとせず許すから直る、変えようとせずわかってあげるから変わる。安全だから素直になれる。まずは、自分に対して温かく寄り添うとはどういうことなのか、を学ぶところから始めてみませんか?温かい寄り添いで内省したい方はお声かけ下さい。