札幌で心のカウンセリングをしていますゼロリセットトレーナーの設楽紀子です(^-^)

 

今日は私がどのような経緯で心のことに興味を持ち始めたか

どんな気づきがあってゼロリセットトレーナーになったかをシェアしたいと思います。

完全なるプライベート日記なので

興味ない方はスルーしてね(笑)❤️

 

もしもこの記事を開いてくれた誰かが私が体験した感情に触れて

自分もそうだナァって、少しラクになったり

自分を責めてるのが弛んだり

似た感じたなぁと、気持ちを再確認でしたり

してくれたなら嬉しいです(^-^)

 

今日書く内容は、敢えて私の陰鬱な部分にだけフォーカスしていることを、補足しておきます(^-^)

 

❮このページ全体の目次❯
 
・分からなかった、分かりたかった
 
・孤独に感じた子ども時代
 
・心の居場所を見つけた4年生
 
・認められたかった
 
・鬱と自立
 
・安堵からの、自問自答
 
・嘘だった
 
・笑うの、疲れた
 
・憎むのは辛い、相手を許したかった
 
・本当に向き合うしかない
 
・否定に気づく喜び
 
・ゼロリセット・セルフノウイングとの出会い
 
・過去の自分へのアドバイス
 
 
 
 

 

 ~分からなかった、分かりたかった~

私は、幼い頃から

快活な自分と陰鬱な自分の両極端に苦しんでました。

幼い頃から、なーんかいつも不安で

小学校にはいってからは

なぜみんな楽しそうにしている場面で、私は楽しくないんだろう、とか

私は喜ぶ場面で、なぜ悲しい空気になってるんだろう、とか

私の何がダメでこうなんだろう、とか

漠然と思ってました。

 

「もっと安心して楽しみたいなぁ」

そう思っていたんだと、

言葉になるほど実感したのは、ずっとずっと後ですが。

 

 

~孤独に感じた子ども時代~

 

家庭、学校、人間関係、何においても

恐怖、不安、罪悪感がありました。

小学生になり、苦しいと認識し始めますが

気持ちを上手く説明できず、誤解されたり、理解して貰えず寂しかったんです。

どうしたら良いか分からないまま、気持ちを変えようがなく

嫌われたり、怒られたりするのを避けたくて

大人が期待するであろう子どもの姿を演じる癖もありました。

 
 
 
当時はそれが普通だったのですが
 
言葉を閉じ込めた心の奥では、
 
誰かに分かって貰いたかったんです。
 
 
一番辛かったのは
 
分かって貰えないことよりも
 
「分かって欲しいと願ってはいけない」と強く自分に言い聞かせるのが
 
本当に辛く、苦しい孤独感でした。
 
 
 
 
 
 
~心の居場所を見つけた4年生~
 
 
特に辛かった小学3、4年生(?)の頃
 
何を思ったのか、自宅裏の砂浜で走り幅跳びごっこをやり始めたんです(笑)
 
今となっては笑い話で
 
何がきっかけで、なぜ幅跳びなのか、覚えていないのですが(笑)
 
その遊びが私の心の居場所となってくれました。
 
 
黙々と繰り返してると
 
自分でも上手くなるのが分かって面白かったんです。
 
ひとりで遊べるというのもラクでした。
 
そんな姿を褒められるようになり、嬉しくて、
 
しまいには大会にでる程夢中になっていました。
 
 
 
こうして、何かに夢中になってさえいれば
 
持て余す心の苦しさを、安全な場所に置ける。
 
褒めても貰える。認めて貰える。
 
 
行き場がない苦しい気持ちを誤魔化せてラクになれました。
 
 
 
 
 
~認められたかった~
 
 
幅跳びごっこは、幅跳び大会へ
泳ぎの練習は、水泳大会へ
ネイルごっこは、コンテストへ
 
こうして小学4年生の幅跳び少女は、ネイリストという形に変えて
 
いつも夢中で走っていました。
 
逆境みたいなものが立ちはだかると、
 
それを乗り越えようとしてる自分が誇らしくもありました。
 
 
けれど、行き詰まりがありました。
 
立ち止まらざるを得ないような出来事が起こるんですね。
 
 
そのとき、内心ゾッとするんです。
 
もっと出来る自分を目指して頑張ったけど
 
もう限外だって心の奥では気づいてたから。
 
 
 
そうすると、自分に問いがたつんですね。
 
「この限界、ほんとに突破したいと思ってる?やりたい?進みたい?ほんと?」
 
「もう限界。しんどい。」
 
そんな本音に肩を叩かれてるみたい。
 
 
 
周囲から褒められたり、孤独を隠す心の居場所を失いたくない。恐い。
 
応援してくれる人を喜ばせたい。喜ばせられる自分でいたかった。
 
 
夢中に走っている自分像を追いかけるかのように
 
「まだがんばれる、まだ頑張らなきゃ」と必死でしたが
 
 
 
19歳で働き始め、
 
結局は22歳?くらいで、うつ状態、引きこもり状態となり
 
一旦、「夢中になって頑張る私像」は完全に砕けました。
 
 
 
 
後に、自ら鬱を選んでいたと心底実感したときには
 
鬱になった自分に感謝が溢れて
 
苦しかった思い出の、苦味がなくなりました(^-^)
 
 
 
 
 

~鬱と自立~ 

当時、20代のはじめは

抱えていたトラウマに向き合う元気もなく、ほとんど家にこもり

時間が解決することを待っていました。

今でこそ、起業女子なんて言葉がありますが

私の場合、起業というよりも、社会生活回避女子という方がしっくりきます。

 

体調不良になったり、対人恐怖が出たりで外での仕事が続かなかったのです。

自営をはじめてからも、25、6歳までは

世間に見せている元気な姿と、

外には決して見せない心の闇の両極に揺れ疲弊していました。

その姿、幼少期から同じですよね。

表面的な苦しさは開示できますが

本気の苦しさはバレたくなかったんです。侵入されたくなかったから。

触れられて、傷ついて、傷ついた自分を責めて

自分を責めてしまうことを、また責めて、、

このループに入るのが怖くて

自分の領域をガードするために元気を装ってもいました。

元気を装うのは昔から慣れてます。

もう大人なんだから、もっと元気を装えるようにならなくちゃ。

そうやって、いつしか元気を出す、まえを向くことが板についてきて

行動範囲を広げられるようにもなりました。

素敵な出会いに沢山恵まれ、仕事も順調、プライベートも順調、

借金も返し、わずかながら余裕もでて、

はじめて自分の中に、自信みたいなものが芽生えました。

 

~安堵からの、自問自答~

はじめての心境だったんです。

「頑張ってきたって認めてもいいんじゃないか。」

そんな気持ちになれた、させてくれた全部に感謝が溢れました。

ちょうど仕事が節目を迎えていたこともあり

もそろそろ、ちゃんとほんとに元気にならなきゃな。。

そう思ったとき

ここ数年間、埋まらない物足りなさが年々膨らんでいることに気づきました。

もう、そんなのも手放していきたい。なんなんだろう。この物足りなさは、、

目に見える結果や達成感、喜びは申し分なく味わっているのに。

ただの贅沢だってことにしてたけど。なんか違う気がする。。

 

~嘘だった~

30歳を過ぎたくらいの年齢でした。

心底気づいてしまったんです。思い出したんです。

この人生、カラ元気を装ってきたことを。

特に鬱からの脱却期はカラ元気で自分を救ったけれど

そのカラ元気こそが、子どもの頃からの苦悩の根元だったとハッとしました。

思い出した瞬間は絶句です。

脳内は、まるで走馬灯のように

「我慢」と「カラ元気」のシーンで埋め尽くされていました。

カラ元気装って頑張った気持ち

カラ元気装うことで前を向こうとした気持ち

辛さを否定されないためにカラ元気で隠したしんどさ

本当はめちゃくちゃ苦しかったじゃん。。

本当は苦しむ自分を許したかった

本当は悲しんでもいいって思いたかった

自分の気持ちを否定して苦しかった

自分の想いを疑う癖になってた

いったい誰を気遣っていたの?

なんのために?

嫌われるのが怖かったからだ。ほっとできる場所がなくて寂しかったからだ。

 

幅跳びしたかった訳じゃなくて

願う自分を責めるのをやめたかっただけ

安心して喜んで、安心して悲しめる場所が欲しかっただけ

思い出せば出すほど悲しかったことをリアルに思い出しました。

 

私、寂しかったんだ。

こんなに我慢して

こんなに怒ってたんだ。。

 

~笑うの、疲れた~

 

これまでの私なら

悲しい気持ちを立て直そうとしたり

自分のいたらなさを心の中で指摘して(フリも含む)

そうよ、だから私がいけないの。だから我慢しなさい

という具合に

結局は自分を悪者にすることで気持ちを落ちつかせ

外側に向かう怒りを無かったことにしていたはずです。

けれど、この時ばかりは違いました。

 

「笑うの疲れた。。」

「なんで無理して元気なフリしなきゃなんないの」

と疲れきった気持ちの方が強く

「やっと分かった」「だからもう我慢したくない」「好きにしていたい」

という感覚でした。

 

~憎むのは辛い、相手を許したかった~

 

我慢に気づいて腑に落ちたスッキリ感はあるのですが

怒りや憎しみが沸き上がる気持ちは、すごく辛いものでした。

特に両親に対しての怒りは強く出てきました。

母のことも父のことも大好きなんですよ。

母も父も、私を愛してくれていることは肌で感じていました。

にもかかわらず、

気づいてしまった怒りは、沸々と燃えたぎっているんです。

早くこの恐ろしい怒りを鎮めたい、、

 

 

~本当に向き合うしかない~

 

無自覚の本音に気づいてからというもの

自分の体験してきた感覚や、葛藤、抱えている悩みなど

狂ったようにネットや本を読み漁り、

色んなワークショップやセッションも受けました。

自分探しが終わらない自分、

存在意義がない自分、

どれだけ他人に依存していたか、

どれだけ怒りを溜め込んでたか、

あのときも、あのときも、あの人にも、、。

ひとつ気づくと、それに連動して何個も気づく

絶望しすぎると、大きな気づきが現れる

そんな日々を繰り返し

 分かったことがありました。

私が「私だ」と思っていた「私」は、

ほんの一欠片だけだったってことです。

その一欠片以外の全部を否定的にとらえていたなんて気づかなかった。

どんな残酷な感情があっても

愛する想いを持ってる事実が消えるわけではないこと。

この怒りや恨みや悔しさは

感情の我慢が生み出した「過去のシンボル」なんだ、と。

 

~否定に気づく喜び~

 

こうして、最初は自分の怒りを目の当たりにして苦しかったのです。

でも、だんだん思い出すことが増えて来て

温かい懐かしさを覚え始め、スッキリしたり、

自分の中の愛してる想いを実感したりすると

人生の構造みたいなものを感じて

自分の中にある否定に気づくことが

「苦しみ」ではなく喜びや感動に変わりました。

明らかにこれまでと違う感触になって

あぁ。なんてありがたいんだろう

と心からの感謝が心の奥からこみ上げるようになったのです。

 

~ゼロリセット・セルフノウイングとの出会い~

 

そんなさなか出会った

ゼロリセット・セルフノウイング。

SNSで流れてきたのを目にして強く惹かれました。

 

以前もブログで書きましたが

はじめて講座に参加したときの感動は忘れられません。

私はこうして、感情に溺れまくって悶えながら

ほんの少しずつ閉じ込めた苦しみに気づいたけれど

この講座は、それらの感覚全てが集結し、言葉化され、

寄り深く洞察された「心の仕組み」として

自分で自分を観察できるよう解説されていました。

 

私は怒りと悲しみに振り回されながら思い出したから

本音に気づく過程が苦しかったけれど

そういうメカニズムを体現していただけだったんです。

そして、苦しみが喜びに変わった理由は

表面的に気づくか

根元的な部分で気づくか、深さによって体感が変わるのだと納得しました。

苦しみながらでは、本当の意味で自分を見れていなかったんです。

 

苦しみは、自分のホームではなく

私の我慢が作り上げた「シンボル」なだけだった。

我慢してるつもりがなかったから、シンボルに気づけなかったんだと納得しました。

もっと深く気づきたい。自分の安心を広げて生きていきたい。

優しく「心」を扱うこの体感を深めたくて

ゼロリセットトレーナーになることを決めました。

 

~過去の自分へのアドバイス~

もし、過去の自分に

心が軽くなる方法を伝えるとしたら

❮少しだけ否定している自分の気持ちはなに?❯

と声をかけるかもしれません。

大胆な否定ではなくて、ほんの小さな否定でもいい。

 

思ったより上手くいってない現実?

もしかすると、そんな現実を選択してしまった自分を責めているかもしれません。

仲良しの友達にイラついている気持ちや

お世話になってる人への抵抗かもしれません。

 

志ある仕事への疲労感をほんの少しだけ責めていたり

お菓子を食べ過ぎた自分を、笑いながら責めているかもしれません。

 

そうやって

「あ、小さく否定しているなぁ」と気づいたときに

こーゆーことに少し否定的な気持ちが沸くんだなぁ

と、ただ、心でうなずいてみる。

自分で自分の気持ちを分かってあげるだけ。

たったそれだけのことが

心の奥の、蓋の鍵がカチャッと外れるスタートになる。

そしてこのスタートから始まるゴールは、遠い未来にある訳じゃなくて

自分で自分を分かった、わかろうとうしたその瞬間の優しさが既にゴール。

だから、一生懸命未来を追いかけるレースではなくて

自分の温度を味わい尽くすゲームなんだと伝えます。

 

 

さて。

かなり長い日記になってしまいましたね。

最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございます❤️

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