私はあなたを束縛せずに愛したい

この言葉が大好き。

はじめてこの詩に出会ったとき涙が溢れた。
自分がどれだけ自分を縛っていたか痛感した。
そうだ私、束縛せずに愛し愛されたかったんだ。と肩のちからが抜け落ちた涙だった。

 

「安心して自分でいること。」ができないのは苦しい。大袈裟な苦しさではなく、常に気遣いしてるみたいな、イイ子にしてなきゃ迷惑かけちゃう感じ。
 

悲しいとき
嬉しいとき

悲しい自分を責め
喜ぶ自分を責める
自動でそうなってた。

願うとき
祈るとき

願う自分を責め
祈る自分を責める
自動でそうなってた。

 

自動だから気づかなかったけど
気づいてから振り返ると4歳とかから。
これは私が特別なんじゃなくて、実はそーゆーものらしい。
幼少期の思考が土台となる生き物を私たちはやってる。

 

私の場合は

苦しむ私が悪い
悲しむ私が悪い
と思って成長し

苦しませる相手が悪い
悲しませる相手が悪い
という思考も加わり

そんなふうにどちらかを責めてしまう。
そうやって大人になり、大人になるほどに自分を責めることで平穏を保ってた。

どっちかに正解があると心底信じている自分
には気づけないままで。

 

笑っても泣いても
疑われる。(自分にも相手にも)
怒っても嘆いても
疑われる。(自分にも相手にも)

笑う資格、泣く資格、怒る資格、嘆く資格
願う資格、祈る資格がないなら
せめて共存する資格だけは得ようとして
相手の望む感情をだす生き物になろうとする。

それは、苦しいよね。
苦しいよ。

私は苦しかった。
笑えてても苦しかった。

 

資格なんていらない。とかって話ではなくて

そう感じて苦しんでたってはなしね(^^;

 

苦しむ自分自身に
苦しむ資格を与えたら苦しくなくなった。
苦しくなくなって笑ったとき
笑う資格を与えたらほっとした。
ほっとしたとき
安心する資格を与えたら心が「温度も感触もない空っぽ」になった。

 

その空っぽを感じて
温めてあげなくちゃ、温めてあげよう
と想いが沸いた。

 

すると、空っぽに温度が宿って
一人で見る景色が、「焦り」から「心地よさ」に変わった。

結局全部受け身。束縛せずに寄り添うと、勝手に温度が沸いてくれた。とても静かにゆっくりと。

 

だから私は
あなたを束縛せずに愛したい。

 

と、自分に対して想う。

感じ方は人それぞれ。言葉の意味も人それぞれ。
繊細極まって孤独なときは、重なって絡まった想いに
まずは「思う資格」を自分が与えてあげることからはじまる。

 

1人がつまんない人も、1人が楽しい人もいる。

 

笑顔の押し付けがない場所に笑顔が生まれる
安心の押し付けがない場所に安心が生まれる
喜びの押し付けがな居場所に喜びが生まれる

正しさの押し付けがない場所に平和を感じる。

 

私は私を束縛しない。
私は私を束縛せずに愛する。
と誓いをたてることで開く扉がある。

 

例えそう思えない日も
思えない自分を束縛せずに愛して欲しい。

愛するなんてわかんない日も
わかんない自分を束縛せずにいてほしい。

 

 

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